ほたる村の活動の歩み |
■ 野川ほたる村開村 昭和61年 (1986年6月29日) |
昭和60年、野川公園の整備のために赴任した松永黎俊所長が、緑の監視員に「田んぼを再生して、ホタルを復活しませんか」と呼びかけて、市民参加の公園づくりが始まった。 野川ほたる村開村(6月29日) 野川公園自然観察圏、自然観察センターなどの設計についてアンケートを実施。 ほたる村だよりNO.1 発行 |
■ ハケの森保全活動 |
通称「前田邸跡地」は、都心にあった前田病院長の別荘を東京都が買収し武蔵野公園の一部としたもので、 小金井市でも最も豊かな植生が残っていました。 平成6年頃に本格的な公園としての整備が予定されましたので、野川ほたる村は「武蔵野の山野草の育つ環境」を保つために 「閉鎖型緑地」として貴重な植生を保全するよう要請し、平成7年に実現しました。 その後、野川ほたる村が「あざみの森」と銘々し、植生調査や下草刈りなどの作業を継続しております。 その結果、豊かな武蔵野の植生が多様性を増しながら保全されています。 裸地だったところには、20年前に長嶋さんが撒いたクヌギやコナラなどが大きく育ち森の一部となって生態系を支えています。 アズマネササは繁殖力が特に強く、キツネノカミソリなど背丈の低い貴重な植物を覆い尽くして駆逐して行きます。 このため、野川ほたる村は、毎月第2火曜日に、アズマネササやシュロ、竹などの侵入種を刈取り、枯れ木、枯れ枝や 投げ入れゴミの除去を行っています。 |
■ どじょう池づくり |
平成2年に、野川ほたる村で「調節池に湧き水を活かして池と小川を作ろう」という提案が行われ、 3,000名署の陳情書を小金井市議会に提出 翌年に、小金井市議会において、第一、第二調整池の陳情が採択される その後も、各種の勉強会や働きかけを行い 平成10年に、野川第一調節池「オアシス作りに関する要望書」を北多摩南部建設事務所に提出 平成11年に、ほたる村が調整池を測量し計画書を作成(ハウジングアンドコミュニテェイ財団助成) 平成12年に、「みんなでつくる野川ビオトープの会」が発足し、どじょう池を手掘り 平成13年に、東京都が本格工事を行いドジョウ池が完成 翌年に、通水式が行われて、どじょう池に水が溜められ、どじょうをはじめ、水生生物が放たれた 完成後は、「野川ビオトープの会」により維持管理されております。 どじょう池づくりは、ほたる村の提案で始まり、市民と行政の協働で実現し、市民によって維持管理されているモデル となっています。 また、ほたる村は、完成後も池とその周辺で子供達を対象にしたオアシス学校(自然観察会)などを実施してきました。 |
■ 小金井市環境賞を受賞 |
小金井市は、平成15年に環境基本条例を制定し、平成15年度を環境元年と位置づけました。 小金井市は同年に、環境賞を創設し、環境活動に功績のあった市民、市内の団体または事業者の表彰を行っています。 第1回の環境賞は、小金井市内の多くの環境団体の中で功績が顕著な野川ほたる村が受賞しました。 |
■ 田んぼ型湿地づくり(自然再生事業) |
ほたる村では、平成4年にIRRIの研究員だった渡辺巌さんを招き稲の勉強をしたり、
長島さんが稲苗を配布したり、南小学校で学校田んぼの造成や稲作りの指導をしてきました。 平成9年に、河川法改正が改正され、河川環境の保全が河川管理の目的に加えられました。 これを契機に、ほたる村は、平成13年に、野川の生態系を取り戻すために、 平成14年に、東京都議会に「野川第一調節池の湿地利用についての陳情書」を提出し、第一調節池の湿地利用は 市民参加による実施が趣旨採択されました。そして、東京都は事業化に着手しました。 |
同14年に、国が自然再生事業を創設し、東京都が要望した野川第一・第二調節池地区が採択され調査が開始されました。 野川ほたる村の田んぼ復活の熱意はたかまり、田んぼ研究会を発足させ、これまでの議論を踏まえて、平成15年に 「野川とハケの森をつなぐ田んぼ型湿地づくりの研究」をまとめ、東京都に対し調査に基づく具体的な再生計画を提案し、 自然再生事業の方向付けを行ってきました。 |
ほたる村の提案と自然再生事業の全体計画を比較してみると、周辺住民から蚊の発生等に 配慮して、田んぼの面積は60m2と小さくされ、その代わりに「半湿地」や「湿地」を造ることになっている。 また、ため池は、上池が「丸池」、下池が「深池」となっている。しかし、下池と野川の接続は計画になく、 自然再生の最も重要な部分が抜け落ちている。一方で、丸池は、野川を堰き止め導水管でつなぎ、さらに、雨水貯留施設を造り、 干ばつ対策は十分なものになっている。 |
東京都は、平成17年に自然再生協議会を設立し、平成18年に「自然再生事業実施計画書」を策定しました。 平成19年2月、第一調節池の自然再生事業が起工され、平成22に、ため池、湿地と130uの田んぼが完成しました。 初めての田植えの日には、ほたる村の村民は駆けつけて、酒杯を挙げて悲願の実現を祝いました。 完成後田んぼは、「野川自然の会」が苗代をつくり田植え、稲刈りをし、冬水田んぼとして維持管理しています |
完成した田んぼ | 完成した湿地(浅池) |
祝・田んぼ完成 | 初めての田植え |
第一調節池は、大雨の時に、上流で洪水を一時貯留して下流の流量を削減し、洪水の氾濫を防止するための治水施設です。 そのため、洪水の激流にも負けないように、巨費を投じて頑丈なコンクリートで造成されていたが、これも再生事業の対象とされた。 このため、削岩機でコンクリートを破砕して取り除き、昔のようにチガヤなどの野草の生えた土手として再生された。 |
■ 野川の自然を再生するために ―― 残された課題 | |
野川は、巨費を投じて粘土張り工事を実施したが、令和元年のような気象変動による異常な干ばつには効果がない。
このような干ばつは頻発するというのが常識化している。このような状況でも、野川の生き物が生存し続けられる環境をつくるために、
野川ほたる村が提案しているように、「調節池の下池(案)を大きく深く造り、現在の排水門を掘り下げ、野川と下池(案)を排水門を介して接続する」ことである。 これにより、野川が干上がるときには、野川の生き物たちが下池(深池)に遡上して、一時避難できるようになり、 野川が数年に一度は、干上がって生き物たちが絶えている悲惨な状況を繰り返えさないですむようにできる。 また、ドジョウやナマズなど、川から流れのない浅池や田んぼに遡上して、産卵し、稚魚を育てる種類の生き物にも、 好適な生存環境を与えることができる。 そして、調節池が元々田んぼであった頃のように、多様な生き物たちが生息できる環境条件を取り戻し、 野川の自然が再生される。 |